聖書には、一貫している1つの不変のテーマがある。
それは「わたしに立ち返りなさい」だ。
神様は聖書の中で、わたしに立ち返りなさいと、ずっと伝えてこられた。
人類が、どれだけ背こうとも、どれだけ反逆しようとも、
神様はその度に許し、わたしに立ち返りなさいと、伝えてこられた。
4,000年間、ずっとだ。
ただし1度だけ、神様の怒りが頂点に達したことがあった。それが「ノアの洪水」だった。
人類の堕落と不従順が極みに達し、ノアの家族と一部の動物以外は、滅んでしまった。
たとえ神様であったとしても、その忍耐力は無限ではないのだ。
そう、つまり神様は、どこまでも忍耐に忍耐を重ねていたのだ ということを、私達人類は知った。
もちろん、ダビデの時代のように、神様に立ち返り、神の掟に従って歩んだ時もあった。
その時は、イスラエル民族は繁栄を極めた。
しかしそれは、一時的なものだった。
それ故、聖書全体を通して見るならば "背信" の歴史だった。
そのような中でも、イエス様の新約時代を超え、この現代に至るまでの6,000年間。神様は私達人類に、生きる糧を与え続けてくれた。
太陽、酸素、水、火、食物、衣類、住居…
気づかれなくとも、感謝されなくとも、讃えられなくとも、無視されようとも、反逆されようとも、
神様はこの世界に、全てのものを与え続けてくれた。
その裏では、神様は一体何度、繰り返し、怒りを鎮めてこられたことだろう。 何万回?何十万回だろうか?
この一事だけを取っても、神様の愛が、人間の想像を遥かに超えている ということが分かる。
イエス様はおっしゃられた。「聖書で最も重要な第一の掟は、心と思いと精神を尽くして神様を愛しなさい」であると。
今を生きる私達こそ、神様を愛して差し上げるべきではないだろうか?
そうしたら、神様は一体どれほど喜ばれることだろうか。
先日、美奈々さんはこんなことを言っていた。
「努さん、お酒をやめるのは大変ではありませんでしたか?」
「えぇ。私にとってお酒は、人生の友みたいな存在でしたから、なかなか決心がつかなくて。まずは飲むペースを減らしたり、ノンアルコールビールに変えてみたりして、それからノンアルもやめて、ようやく完全にやめられたという感じでした。」
「凄いです!そうやって神様の為に、神様が罪だとおっしゃられていることをやめること。 それは神様へ愛をお示したということであり、神様は努さんの行いを見て、大いに喜ばれていらっしゃいますよ!」
「人間の恋人どうしでも、相手の為にお酒やタバコをやめたとなったら、相手はすごい嬉しいし、大きな愛を感じるじゃないですか!それがやめにくいものだったら尚更ですよね!」
自分が、「神様を」喜ばせることができたのか… それって、凄いことだよなぁ…
神様は、アダムとエバの時代から、今の時代までの6,000年間、ずっと心情を痛め続けてこられた。
そんな中で、自分という存在が、神様に立ち返り、神様の為に罪を捨てた。それによって神様を喜ばせ、神様の心の痛みを、いくらかは和らげることができた。
そう思ったら、お酒をやめることができて本当に良かったと思えたし、これからも何か神様の為に出来ることを行って生きていきたい。と思った。
私は美奈々さんの教会に通い、愛について学び、神様の歴史、聖書についても詳しく教えていただくようになった。
その中で私は、自分が進むべき道を、確信した。
神様のことを学び、
神様がどれだけ人類を愛しておられ、人類を救おうとされておられるのか。広く正しく分かりやすく、人々に述べ伝えていきたい。
(第25話へ続く)