「お待ちください!」
お祈りをしていた女性は声を発し、スッっと立ち上がり、私の方へ歩み寄ってきた。
「初めまして。お立ち寄りいただきありがとうございます。私はこの教会の牧師をしております、川戸美奈々(かわとみなな)と言います。」
「あ、初めまして。私は田中努と申します。 え~、実はわたくし、数ヶ月程前から聖書を読むようになり…最近、近所にひと際おしゃれな建物ができて、それがキリスト教の教会だと知ってから、ここ数日ずっと気になっていて、それでお伺いの方を…」
「教会には、初めて訪問されたということですよね? お話だけでも全然大丈夫ですよ。ちょうど教会を起ち上げたばかりなので、お話を伺う時間ならたっぷりありますから。ふふふ。」
教会に伺った経緯を、ありのままに伝えようとしたが、緊張して上手く説明できなかった。
でもキリスト教の教会の人だけに、とても人が良さそうでよかった。
それで私はお言葉に甘え、いくつかの質問や、奇跡のようなお祈りが叶った時のことや、
流れの中で聖書に出会った経緯なども、お話させていただいた。
「…私が聖書に出会ったのは、『ある方』のブログを読んだことがきっかけで、その方のブログには、悪魔崇拝についてや、この世の中のカラクリについてが解き明かされていて、その中で、この世の支配者層は聖書の教えと真逆のことばかりをしている という法則があることを知って、それで聖書に興味を持ちまして…」
「その人ってまさか、私の師、先生のことではありませんか。」
「えっ」
彼女は慌てて携帯を取り出し、ブログに接続してトップページの画面を見せてくれた。
それは紛れもなく、私が見ていたブログと同じものであった。
この事実を告げられても、意外なほど冷静な自分がいた。
もはやこれは偶然なんかじゃなく、「神様に導かれて、私は今ここにいるのだ」 その確信がさらに強まった。
彼女の話によれば、
私が「あの方」のブログを知る少し前までは、「有料記事」を配信していたそうなのだが、
ここ近年は、有料記事の販売を妨害されたり、言論弾圧もひどくなり、工作員が大量に侵入してきたり等の事情もあり、一時的に、有料記事の販売や教会の信徒の募集はしていなかったそうだ。
現在では、ネット上での活動は中断し、現実世界での活動に重点を置いているそうで、
その一環として今回、師の12弟子の1人、美奈々さんが、人々に教えるほどの実力を着けたことが認められ、この地に教会を建てる運びとなったそうだ。
確かに、彼女とはまだ少し話しただけであるが、キリスト教のことのみならず、「世の中のことについてとても詳しい」ということが伝わってくる。
その見識も知的であり、深みがあり、そして品もあって、穏やかでありながら、しっかりと自分の意見も持っている。
聖職者とは、まさにこういう人のことを言うのだろうな と思った。
私は思わず、お尋ねした。
「あの、もしよろしければ、『あの方』にお会いさせていただくことは可能でしょうか?聖書に出会うきっかけになったことを、お礼だけでもお伝えさせていただければと思いまして。」
彼女は少し考えた後、師の方に電話をして事情を説明し、お伺いを立ててくれた。
「今、師の方に聞いてみましたところ、罪を悔い改め、この教会に数ヶ月ほど通っていただき、私がその方を信頼できる方だと判断したら、こちらこそ是非お会いしたいとのことです。」
「どうかお気を悪くしないでください。師は、この世の真実を暴き、全世界の支配者層を敵に回して活動をされている方なので、御自分の側に置く人、会う人は厳選しているのです。 師はこの私さえをも、完全には信頼していない、してはいけない立場なのです。実際に12弟子に選ばれていた信者の中にも、工作員が紛れ込んでいたこともあったくらいなのです。」
「あ、いえ、こちらこそ。ご事情は伺っていたはずなのに、お会いしたい等と軽々しく申し出てしまいまして…」
「いいえ、いきなりこのようなことを言われても、ピンときませんよね。 もしよろしければ、この世の中、特にキリスト教や大きな組織などには、工作員やスパイがどれほど紛れ込んでいるか。ということをまとめた記事がありますので…」 と言って、その記事のURLを教えてくれた。
「ところで、師が言われていた罪のことなのですが… もしかして、お酒を飲まれていませんか?」
「えっ、どうしてそのことを?」
「あ、やっぱりそうですか!なんとなく、そう思ったのです。 この世界では、自分の "霊" を正しく成長させると、人の考えが分かるということがあるのです。イエス様も、御自分の霊の力によって考えを知って言われたと聖書に書かれてありますが、私にも時々、そういうことがあるのです。」
「……えぇ…すぐには、色々と決められませんよね。おうちに帰ってから、ゆっくり考えてみてください。これは、教会のパンフレットです。 あ、私はみんなからは下の名前で呼ばれていますので、美奈々とお気軽にお呼びください。それでは、お気をつけて。」
お酒について、いくつか質問をさせていただいた後、私は家路についた。
こちらの教会に通い、且つ、師にお会いするという話であれば、結局のところはお酒はやめなければいけない ということになるようだ。
お酒をやめる… か…
私にとってお酒とは、
嬉しい時も、悲しい時も、仕事のあとも、休みの日も、独りの時も、語らいの時も、やめるときも、すこやかなるときも、
大人になってからあらゆるシーンにおいて常に一緒だった、いわば人生の「友」のような存在であり、自分の人生からお酒を切り離すことなど、到底考えられないようなことだった。
かといって、「じゃあ、やめるのをやめよう」という単純な結論とはならず、やはりここでお酒をやめるべきなんじゃないか?という、心の葛藤が、ずっとあった。
そこでまずは、週3だったお酒のペースを、週1に減らしてみた。
週3回だったのは、単にそれくらいのペースで飲めれば十分ということではなく、「酒は飲んでも呑まれるな」という言葉もあるように、「飲まない日があるからこそ、飲む日が楽しみだ」という自分なりのお酒哲学に基づいてのペースだった。本当は毎日でも飲みたいほど、お酒は大好きだった。
そんな私だったが、週1でも、お酒を飲めること自体が有難いことだと思えるようになった。でもまだ、やめる決心までは出来ていなかった。
それからあることを閃いた。「そうだ!これをノンアルコールビールに変えてみよう、これなら実質的にお酒は飲んでいないことになるはずだ!」
試してみたところ、確かに味は劣るし、酔いの心地良さみたいなものは無いけれど、このビールの味自体に、私はとてつもない愛着があるのだと思った。 「ココから離れたくない…」
ノンアルコールビールの生活を3週間ほど続けてみたけれど、どこか、心に引っかかりがあった。
「なんか違う気がする」そう私の心が言っている気がした。 このえも言えぬ心の苦しみから、完全に開放されたかった。
それで思い切って、ノンアルコールビールもやめることにした。
「これまでの人生でもう一生分飲んだのだから、この先死ぬまで一滴も飲めなかったとしても、別にいいじゃないか」
そう思えたことが、やめられた大きな要因となった。
そして、まだ少し残っていた "後ろめたさ" のようなものから、完全に開放された!
それは、雲さえ突き抜けていくような、とても清々しい気分だった。
「この私が、お酒をやめられた」という現実を、なんだか信じられないでいた。
…前回、初めて訪問してから、3ヶ月くらいの間隔が空いてしまったが、
再び、教会を訪れた。
「美奈々さん、お久しぶりです。3ヶ月ほど前に一度来させていただいた田中努です。ようやく、お酒をやめることができましたので、改めてこちらの教会に通わせていただこうと…」
「あ、努さん!どうもお久しぶりです。良かったです~!私も努さんがお酒をやめられるようにと、ずっとお祈りを捧げていましたから」
えっ、私の為にお祈りを捧げてくれていただって?
そんなやさしい世界が、今の世の中にあるなんて、考えもしなかった。
思えば社会に出てから約20年、「出世できた者勝ち」みたいな企業に身を置き、
その為なら嘘や悪をも厭わない、ゴマすりと蹴落とし合い、良いことをするのはあくまで自分の利得の為。誰も彼もが性格が悪くなってしまうような、愛の無い世界において、私は心身共に疲弊し絶望していた。
「誰かの為にお祈りを捧げる」なんて世界とは、真逆の地点にいた。
だからこそ、このような「清く・やさしく・美しい、愛の世界がある」ということに、
心からの感動を覚えた。
この時、「私も聖なる人となって、この世界の中で生きて行きたい」と強く思い、固く決心した。
真の幸福な世界の、一端に触れたような気がした。
(第24話へ続く)