お祈りを捧げてから、1日、2日の時が経ち、
なにかそれらしき、これから世の中が好転する "予兆" のような、そういうものが感じられるニュースは無いだろうかとチェックしていたが、
特にそういったものは見当たらず、今日で3日目となった。
この日はお昼に、少し街外れにある、定食屋さんのミックスフライ定食が食べたくなった。
半年に1度くらいの頻度で、訪れているお店だ。
特に田舎の方では、店内でテレビをつけて流している飲食店が、まだある。このお店もそうで、
いつもなら私は、テレビが見やすい席を避けるように、空いている端っこの席に座るのがお決まりだった。
しかしこの日の店内は満席に近く、よりによって、テレビが最も見やすい "特等席" が空いていた。
とほほ。どうせなら、テレビを見たい人がこの席に座ればいいのに。
むしろ私は見たくないのだから、そんな自分がこの席を占領してしまうことは、なんだか悪い気がする。
でもまぁ、この席しか空いていないみたいだから仕方ない。
「大将、ミックスフライ定食で」「あいよ!」
なんだか最近は、ついてないことが増えたように思えた。
いつもなら、カバンから本を取り出し、本を読みながら食事を待つところだが、テレビが近くにあって気が散って集中できなさそうだし、
この日はお水を飲みながら、ぼけ~っと待つことにした。
すると、目を疑うような光景が飛び込んできた。
「…続いてのニュースです… …マルヨシの代表取締役社長らが、巨額の粉飾決算を行っていたとして、東京地検特捜部は…」
(えぇえええええええええええええええええ)
私は心の中で絶叫し、勢いよく、その場に立ち上がった。
マルヨシとは、私が以前、約20年勤めていた会社のことであり、その企業がなんと、お昼のワイドショーの中で大々的に取り上げられているのだ。
「あの、お客さん…どうかされましたか?」 凍り固まった店内の空気を解きほぐすかのように、店長が尋ねた。
「あ、いえ、失礼しました。 実は私…今流れている企業の、元社員だったもので、それで、あまりにもビックリしてしまい…」
「あ、あ~…それで…」 店長は理解したのち、複雑そうな表情を浮かべ、何と返したらいいのか分からないといった様子だった。
「あの、少し見て行っても…?」
「ええ、どうぞ」
ものの十数秒ほどで、店内は何事もなかったかのような空気に戻った。
「…粉飾決算により融資金をだまし取ったとする詐欺罪の疑いで逮捕… …また別の詐欺容疑で、マルヨシの会社役員である松下大吾容疑者が逮捕されました。松下容疑者は…」
「あっ、松下…! あいつ、役員にまでなっていたのか…」
松下とは、私が入社した年代の出世頭で、その悪名高さは同期の間では有名だった。
上の人間にはゴマをすり、誰かの功績を平気で横取りし、優秀な同期の悪評を流したり蹴落としてでも、自分が出世しようとしていた奴だった。
そんな傍若無人なやり方でのし上がっていったものだから、当然、反発も強く「松下被害者の会」なるものが自然と形成されていき、私もその中の1人だった。
しかし、それを上の人間に報告しても、まともに取り合ってもらえず、逆に「優秀な松下君を貶めようとしている落ちこぼれの人達」みたいな扱いにされてしまうという、
そんな理不尽がまかり通っていた。
何故、あの松下という男にはそのような力があり、また上の人間も、誰も彼を咎めないのかが、ずっと謎だった。
だが、彼が当たり前のように役員に名を連ねていることを見て、確信した。彼は元々、向こう側の血筋の人間だったのだろう。
だから、あのような性格で、あのようなやり方がまかり通り、上の人間から何のお咎めも無く、大した能力が無くても出世できたのだ。 そう考えると、全ての説明がつく。
しかしその彼が、今こうして、顔写真付きで容疑者として全国報道されている。
行った悪の通りに報われたのだ。
また、先の報道で、禁止薬物を使用し逮捕された人気タレントと、マルヨシの取締役社長が愛人関係にあったことから、
この2つのニュースはセットで特集が組まれ、長々と報道されていた。
私が20年通い続けた、会社のビルの入り口が何度も映し出されている。容疑をかけられている人のほとんどが、顔見知りの人だ。
私は数十年ぶりに、テレビをかじりついて見た。
…番組の終了とお店の閉店時間とが重なり、気が付けば、店内のお客さんは私1人だけになっていた。
我に返った私は、そそくさと会計を済ませ、お店を出た。
1秒でも早く、完全に1人の状態になりたかった。そしてそれから「心の整理」を始めた。
…先日私は、世の中が良くなることと、悪人がいなくなるようにと、お祈りした。
そしてこのタイミングで、その私が20年勤めていた企業の悪が暴かれ、多くの同期を苦しめていた悪なる社員が逮捕され、それが全国報道され、しかもテレビを見ない私がリアルタイムで見れるように "セッティング" されていたのだ。
こんな偶然あるはずがない…!
今となっては、40歳の時にあの企業からリストラにあったことさえも、良いことだったのだと分かる。
自分を曲げ、精神を蝕みながら、この会社にしがみつき、生き残ったとしても、
遅かれ早かれ、このような未来が、私自身に待っていたのだから。
人間万事塞翁が馬 災いを転じて福となす
一見すると、不幸に思えた出来事が幸運につながったり、また幸運に見えた出来事が後になってから不幸なことだと分かったり、
人生にはそういうことが、往々にしてある。
人間には、分からないものだ。 もし、分かるとすれば… ‥
…神様は…
神様は…
私の祈りを叶えてくれた
神様は…
これまで私のことを、導いてくださっていたのかもしれない…
神様は、この世界にいる…
そう思った瞬間、私の心は喜びに満たされ、心は喜びで飛び跳ねた!
これは、宝くじが当たったとか、フェルマーの最終定理を解いたとか、そういったことをも超越した出来事が自分の身に起きたのだと、
心は瞬間的に、理解したからである。
そして「祈りを叶えてくださりありがとうございます!」と、心からの感謝を、何度も捧げた。
私はこの喜びの余韻に、しばらく浸っていたかった。
そう、あの時私は、「神様」という存在に向かって、お祈りを捧げた。
神社仏閣の偶像の神様ではない。 山の神様でも、野球の神様でも、トイレの神様でもない。
聖書に書かれてある通り、この世界の万物を創造された、唯一の「神様」だ。
社会によって、無神論を叩き込まれる前の、神とは概念であると洗脳される前の、
幼かったあの頃、純真な心で漠然と思い描いていた、
本当の意味での、「神様」という存在
私は、その神様に向かって、お祈りを捧げた。
これまで私は、不器用に生きて来た。
「仁義」とか「武士道」とか、昔から、そういうものが好きだった。
目先の利得の為に、自分の生き様を曲げる。という生き方が、嫌だった。 損をしてでも、自分の中にある "何か" を守りたかった。
そして、この齢となって、
彼(松下)は、卑劣な手段によって得た、地位や富や名声など全てを失い、
私は、この世の真実、神様と出会った。
対照的な生き方をしていた2人の人生は、
今日という日を境に交差し、運命の明暗が、はっきりと分かれた。
(第20話へ続く)