証をする上で、そして信仰生活についての記事を書き進めて行く上で、まずは私自身の罪について、告白しておく必要があると思いました。
私は、自分の過去を証する時、パウロのことを思い出します。と言いますのも、これは語るべきなのか、語らないべきなのか、という人生をこれまで生きてきたからです。
聖書の中でパウロは、言うならば、最も罪深い生き方としていたと言っても過言ではないような過去を、人々に向かって勇気をもって話をしているシーンがあります。
それを見た時、私も勇気をもらい、「話してもいいんだ」と思いました。
私も、パウロとはまた違った意味での、言うことを最も憚られるような、大きな罪を抱えて生きてきました。
私の場合、どのように話したら良いのかが難しいと思っています。話すぎても不快であり、隠し過ぎても伝わらない。
読者の皆さまには、なるべく不快にならないような表現・内容にとどめることを意識し、証させていただければと思います。
私の罪は、LGBTでした。
誰にでも訪れる、性との出会いの時、私は「女性になりたい」と思ってしまったのです。
私は性というものを、女性が主役であり、男はサポートでしかない。端的にいうと、そういう捉え方をしてしまいました。
何故自分は女性に生まれてこなかったのだろうか、自らが女性になりたいという想いを、強烈に抱いてしまったのです。いわゆる「性的倒錯」というものでした。
それから私は、女性目線で性を見るようになりました。女性という性に感情移入し、自らも女性に近づく努力をしました。
ただ一方で、男性が好きという訳ではなく、普通に女性と恋愛がしたいし、普通に女性を性的な対象として見ている、というややこしい性が形成されてしまったのです。
その状態に私の性癖が乗っかり、将来は女性になって、あんなことをしたい、こんなことをしたい、と思うようになり、それが私の将来の夢となりました。
ただ、具体的に「どう生きたらいいのか」が分からず、そこに苦しみ、長きに渡って悩み続けた、というよりあまり考えていませんでした。
学生の時は、何をするにしても、どっちつかず。ただ楽な方、悪い方に、流されているだけでした。
某LGBTの有名人も「いっそ性同一性障害だったらよかった」という趣旨の発言をしていたことを聞いたことがありますが、私もその方と同じ境遇でした。人生の答えがないからです。
いずれにしても、私がやるべきことというのは何だろう?確かなことだけを考えてみました。
親元を離れること、毛深かった私はどう生きるにしても「脱毛」はしたい。
まずは社会人となって、お金を貯めて、脱毛に通い始めました。
専門学校を出て、就職先の勤務地がたまたま「東京」となり、なんとなく「どこか都会で、東京あたりがいい」と思っていたので、東京で生活できるのは嬉しいと思いました。ある意味、私の人生が始まりました。
時代と共に同性愛の偏見が少なくなり、今でこそ珍しくはなくなりましたが、女性にしか見えない男性も、ネット上で見かけるようになり、なんて羨ましいんだ!と思いました。
男も女も、同じ目鼻口で構成されているのに、何が違うんだ。一体何の違いによって女性の顔のようになるのだろうか、と研究もしました。
そのような時代の変化の中で、自分がどう生きるべきか?というものが見えてきて、私は大きな決断をしました。
「華の若い今の内に、自分の人生を動かさなきゃいけない」
まずは働いていた会社を辞め、親にカミングアウトし、さらには整形手術をしたいこと、このまま東京に住ませてくれ、と伝えました。
私も「自分の人生、やらないで後悔するより、やって後悔したいんだ」と説得しました。有難いことに、親は私のことを受け入れてくれました。
しかし結局のところ、そこまでしたにもかかわらず、私は、専門学校に通っていた時に発症した「謎の皮膚病」によって足が出せない時期が多く、それによって、あまりLGBTとしての活動ができませんでした。
今にして思えば、私の病苦というものは、悪いことばかりしていた学生時代の私に対する神様による裁きであり、またそれによって、止めてくださっていたのだ、と思いました。「それ以上行くな」と。
ただ、そういう中でも、ある一定以上、私のやりたいことは叶いました。
2018年というのは、何故か皮膚病の状態がかなり治った年であり、その年に「ここまではやれたら」という、これ以上は自分の人生でできなくても、ある程度は納得できる、自分の中のそういうラインのようなものがあって、
なにかこう、この人はこの道に進んで、ここまでは許諾してあげないと、諦めがつかないだろうから、と、神様が温情で許諾してくださった年のように、私は思いました。
事実、それ以外の年というのは、こんなに皮膚病が良くなることがなく、治ったのかも?と思ったら、翌年にはやはり皮膚病の状態がまた悪化したのです。
というのが、私の罪であり、私の大まかな人生でした。
やはり今後、証をしていく上で、この事を分かってもらえていないと伝わらない、という部分はどうしても出てくるように思い、先に、告白させていただきました。
こちらの罪に関しては、後の記事の方で詳しく書かせていただきたいと思いますが、奇跡的にも捨てることができました。
特に初めの内は、私に対して色々と思われることがあるかもしれません。
しかし私には、全てを知っておられ、私の罪を赦してくださった神様の存在、
そして聖書の方にも、最も迫害されるであろうと思われるような大きな罪を、勇気をもって告白したパウロの聖句や、「もし人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの過ちをお赦しにならない。」というイエス様の聖句もあります。
だから勇気をもって、証できます。
神様は、私のような罪深い者でも、大いなる慈悲をもって救ってくださる方です。
私もパウロのように、今後大きな罪を抱えながら救われる義人の方にも、1つの大きな勇気を与えることができたら幸いです。
どうか1人でも多くの方が、偉大なる愛をもって迎えてくださる神様の元に導かれ、立ち返ることができますように。