日本という国において「神様」とは、
山の神様、野球の神様、トイレの神様… 何にでも神がいて、
神道における「八百万の神(やおろずのかみ=数えきれないほど神様がいる)」という価値観が、広く浸透しています。
そんな世の中において、年始早々、皇居に全裸の男が侵入・さらには脱〇まで行い、「公然わいせつ」の容疑で逮捕されるというニュースが物議を醸しましたが、
逮捕された男のSNSアカウントの方には、「素戔嗚(スサノオ)の霊を降臨させてやりました」等と、この行為に至った経緯が記述されていました。
「素戔嗚(スサノオ)の霊を降臨させてやりました」とのことで、
— reflect (@N_businessnet) January 3, 2026
スサノオは神ではなく、ただの悪魔であることを、この人自らが証明されました。
RAPT理論で暴かれた通りです。
「天照大神」と「スサノオ」の正体。またはルシファーの正体。彼らこそが悪魔の三位一体です。https://t.co/0lyhf1BMuz https://t.co/MSKFutZ5hV
「素戔嗚(スサノオ)」とは、八百万の神の中においても、相当上位の神とされているようです。
日本人なら知っておきたいニッポンの神様名鑑。神様の基本をおさえよう
彼が行った行為というのは、神聖な行いどころか、それとはむしろ真逆の、非常に悪魔的な行いであるように思います。
上位の神がこうであるならば、自ずと下位の神も、似たような性質を持っているのではないか?と疑わざるを得ません。
また、年末年始はこちらのニュースのみならず、
「紅白歌合戦」も、悪魔教に乗っ取られているとしか思えないような、悪魔的な内容が盛りだくさんだったようで、
【NHK紅白歌合戦】韓国のアイドルグループ『aespa(エスパ)』が原爆投下を連想させる楽曲を披露 歌唱時刻も原爆投下と同時刻という筋金入り
NHKが悪魔と契約していることはよく分かりました。https://t.co/Xw2e1gQsCO
— 時計仕掛けのオレンジ (@9n7eWQtutsamatw) January 2, 2026
それにしても、こんなのが本当に売れてんの? https://t.co/wW2gXIhMgw
紅白歌合戦見てるてけど、
— ごま (@jambaat) December 31, 2025
もう悪魔崇拝やね。
パリオリンピック開会式に通じるものがある。
また、年末年始に行われた都庁のプロジェクトマッピングも、フリーメーソンの目玉でした。
悪魔崇拝者達が、本性を隠さなくなってきました。https://t.co/SFJfaHb1WI https://t.co/rNDvHfIvYz
— reflect (@N_businessnet) January 2, 2026
なぜこの世の中は、神聖な雰囲気に包まれているどころか、どこまでも悪魔的な世界となっているのでしょうか?
それは、RAPT理論によって暴かれていました通り、支配者層達の正体は悪魔崇拝者であり、彼らが「神々」だと思って崇めているものとは、本当は悪魔に過ぎなかったから でした。
#12 上級国民達の行動原理② 彼らの正体は「悪魔崇拝者」でした
「天照大神」と「スサノオ」の正体。またはルシファーの正体。彼らこそが悪魔の三位一体です。
従って、その彼らの言う「八百万の神」とは、様々な悪魔のことを指しているに過ぎず、本当の神では無かったのです。
だからこそ、世の中がこれだけ悪魔的な要素で満ち溢れていたのです。
そもそも「神」とは、こんなにもたくさん存在するものなのでしょうか?
仮に神々がたくさんいたとして、「では、その神々はどこから来たのか?誰によって創造されたのか?」という話になります。
この世界の中にある、その全てを創造された方こそが、「神」という存在なのではないでしょうか?
私たちは幼かった頃、「神様とは、唯一無二で絶対的な存在」 漠然と、このように考えていたように思います。
「神様は、世の中にたくさんいる」 最初からこんな風に考えていた人は、おそらくほとんどいない。いたとしても、かなりの少数派であるように思います。
すなわち、私達は社会によって「神はたくさんいる」 あるいは 「神とはただの概念」みたいな考えに、
いつの間にか、気付かぬ内に、すり替えられていたのです。
そもそも、この世界も人間も、
「誰かが」創造しなければ、存在しないはずです。
こんなにも精巧な世界や、数多くの生命達が、
ひとりでに、誰の手も介さずに、偶然によって、勝手に誕生した なんてことがありますでしょうか?
この世界は「偶然によって出来た」と考えるより、「何者かによって作られた」と考える方が、遥かに理に適っている
では、この世界も人間も、一体どのようにして生まれ・存在しているのか?
この世界における、最も大いなる疑問の先に、
「真の神様」は、確かに存在しているのです。
人は、何故生まれ、この世界が存在し、死んだ後はどうなるのか分からない以上、「神様」という存在を考える価値は十分過ぎるほどに有る