あるところに、「人間の人生とは何か」を見極めようとした人がいました。
太陽の下に起こる、全てのことに目を向けて。
その人物・コヘレトは、エルサレムの王という地位に就いていたので、人間の幸福について、あらゆることを検証することが可能でした。
「知恵を追い、この世の誰にもまさって、知恵を深めてみたらどうか?」
「誰よりも多くの財産を所有し、男女の歌い手をそろえ、多くの側女を置き、快楽・享楽を追ってみたらどうなるか?」
「生きている間に、この地上になにかを残したらならば?」
「人は、何をすれば幸福になるのか」「人生とは何か」
太陽の下に起こる全てのことに目を向け、辿り着いた結論とは… ‥
聖書の中には、「創世記」「出エジプト記」等と名付けられた、様々な "書" があり、
「コヘレトの言葉」という "書" の中には、こういったことが書かれてあります。
「聖書」は人類史上最大のベストセラー書籍で、その内容はどこまでも奥深く、引用されている聖句が数多くある一方、難解な一面もあります。 それ故、世の中には聖書の解釈本が数多く発売されています。
ただその中でも、比較的読みやすく、前後の連なりも無く、単独的に読める個所があります。
それが「コヘレトの言葉」です。
私は最初に聖書を読み終えた時、「やっと全ての文字を、目で追い終えた」と思ったくらい、ほとんど理解できませんでした。
それ故、コヘレトの言葉という "書" も、なんとなく読み過ごした感じでした。
しかし聖書通読2回目以降、コヘレトの言葉の書を見て「んん?」と思いました。 「もの凄いことが書かれているぞ!」と分かりました。
私もこれまで、世の中で「良書」と評されている本は、それなりに読んで来たのですが、
今までに読んできたどんな良書よりも次元が高く、人間の人生の本質について書かれており、まさに「真理」であると思いました。
なのでどうか、「コヘレトの言葉」を読む為だけであったとしても、是非「聖書」を手にとって読んでみてほしいと、心から願います!
「コヘレトの言葉」自体はそこまで長くはなく、聖書のページ数でいうと、15ページほどの内容です。
しかしこの15ページで、「この世界で100年生きても、こんなことは悟れなかっただろう」という、 "人生の真理" を知ることができます。
そしてこちらが、コヘレトが出した結論です。
コヘレトの言葉:12章13節
すべてに耳を傾けて得た結論。
「神を畏れ、その戒めを守れ。」これこそ、人間のすべて。
その意味は、こうです。
結局のところ、太陽の下に起こることは、風を追うようなもので、全て虚しい。
この世界の創造主(神)に望みを置き、畏れ、創造主の戒めを守ること、これこそが人間の全てである と。
実際、歴史上において、この奇跡のような時代の中で、奇跡のような国で生まれた日本人さえも、さして幸福には生きられていません。
それどころか、少し経済が傾き、少し治安が悪化しただけでも、多くの人が不幸そうに生きていると感じるくらいです。
争いと貧困の中で、生きることで精一杯だったような、暗く長かった時代が終わりを迎え、
世界に平和が訪れ、法整備も進み秩序が保たれ、食糧や物質も豊かに恵まれ、健康と長寿を手に入れ、経済・インフラ・教育・文化芸術・テクノロジー・娯楽なども発展し、人類はこれまでとは比にならないほど、豊かで便利な暮らしを手に入れた。
とりわけ日本という国は経済的にも豊かで、自然にも恵まれ、欲しいものは努力次第で大抵の物は手に入り、治安が良く、民度も高く、街も清潔で、サービスも素晴らしい国。 自由があり、自分のやりたいことができて、生きたいように生きられた。
諸外国では考えられないような、これほどまでに恵まれた環境があったにも、かかわらずです。
それなのに、人間はどうして満たされ、幸福に生きられないかと言えば、
この世界の創造主の存在を知らず、それ故、創造主の教えも知らず、創造主が望むような生を、生きていないからだったのです。
この世界が苦しい・人生が苦しいと感じるのは、この世界の創造主(神)が望むような生を、生きていないから
よくよく考えてみれば、これは当然の話であり、何者が創造したからこそ、この世界も人間も存在している訳で、
「その世界の創造主(神)の戒めに従って生きることこそ、人間の全てである」 というコヘレトの言葉は、まさに真理であると、はっきり言えるのではないでしょうか。
この世界は「偶然によって出来た」と考えるより、「何者かによって作られた」と考える方が、遥かに理に適っている
全ての人間は、生まれてから死を迎えるまで、この世界という中の住人である。ならば人間は「世界」が望んでいる生き方をするべきだ
今、日本は、恵まれていた環境が少しずつ失われ、それだけでも多くの人が不幸そうに生きてます。
しかし、こんな時代だからこそ、悟るのではないでしょうか。
「これだけ恵まれた環境が与えられていた日本人でも、さして幸福にはなれなかった」「自分が思っていたよりも、人間は無力だった」「人間は、自力では幸福には生きられない」
[運命の好転] 失いつつあるこの世界で、与えられていたことを知り、今こそ「与えてくださっていた方」の存在に立ち返る時
ではこの先、どう生きていけばいいのか? どうすれば幸福に生きられるのか?
その答えは、今、目の前にあります。
苦しい世の中だからこそ、真理と救いを求め、それによって「この世界の真実」と出会い、この世でもあの世でも幸福に生きられますことを心よりお祈りいたします。
RAPT有料記事330(2018年11月24日)主がこの世を厳しく裁かれるのは、人々が主にすがりつかざるを得ないようにして、人々の救いを成していくためだ。